歯科について

歯科は、眼科、泌尿器科、耳鼻科等々と同じように、特定の臓器・器官を対象とした診療科です。口腔を対象としています。

開業歯科医の日常で、遭遇する疾患には、むし歯、歯周病だけでなく、下顎骨周囲炎、下顎骨腫瘍、骨吸収抑制薬関連顎骨壊死、頬部蜂窩織炎、歯肉腫瘍、舌癌、上顎洞腫瘍等々があります。これらは、この半年間に私が遭遇した疾患です。

日本には「歯科医療法」は存在せず、「医療法」で一元化されています。「医道審議会」、「中央社会保険医療協議会」でも、歯科医師は医師と同一の立場です。医学部と歯学部という教育システムの違いや、保険診療での「医科」「歯科」の区分などが、「歯しか診ない」という歯科医師のイメージに影響しているのでしょうね。
(令和3年7月5日記)


日本人は、歯科治療は必ず治ると思っているから特殊です

医歯薬出版の“クリニカル エンドトロジー”という歯科専門書(著者小林千尋)に、「歯科治療は患者さんが必ず治ると思っているから特殊である」という見出しで、次のような文章があります。「患者さんは、歯ぐらいなのに、なぜ治らないのだろうと恨みに思うことが多いようである。それは歯を身体の一部とはみておらず、生きた身体についている付属物だと考えているからではないだろうか」。

明治期の政府は、プロシャ(ドイツの一地域)の軍医医学を導入しました。ところが、歯科は明治43年(1910年)前後にアメリカ東海岸のニューヨークやペンシルベニアの歯科医学校に多くの日本人が留学しました。アメリカの記録をみると、この時期に1365名の日本人が歯科医師資格(DDS)を取得しています。(引用:世界の歯科の教育機関 3. アメリカの歯科事情 季刊歯科診療20巻4号99-103頁, 2006年)。

当時の欧州は、アメリカとは異なり、歯科(Dentistry)とは標榜せず、フランスではStomatology、北欧ではOdontologiyというように口腔科医師という、歯だけでなく口腔を診療するという医師であるという教育でした。(引用:世界の歯科の教育機関 2. ヨーロッパの歯科事情 季刊歯科診療20巻3号53-59頁, 2006年)

当時のアメリカは、ヨーロッパから多くの移民を受け入れていたので、医師の需要は急速に高まっていましたが、ヨーロッパから開拓地アメリカに移住する医師はいませんでした。そのため、アメリカでは医師や歯科医師を早く、多く育成しなければならず、ヨーロッパでは医学は大学教育でしたが、アメリカでは短期教育で養成していたのです。明治期の日本人がアメリカの歯科医学校に留学した理由の一つは短期育成コースであったからでしょう。

昌彦は著書“歯科医学の国際化と情報化”において、“明治の頃の初期・中期の歯科学の黎明期において、伝統的なヨーロッパの大学口腔科による教育制度と、アメリカにおける実際的歯科医教育の違いを、はたしてわかっていたのであろうか?”と述べています。

余談ですが、中国、インド、ネパール、バングラデシュには、医師と歯科医師という区別はありません。すべて医師です。国によって制度は違うのです。
(平成21年3月12日記)

虫歯

虫歯の治療のあとにつめるものの寿命は、平均すると5.2年(レジン充填)、5.4年(インレー)。被せるものは7.1年(鋳造クラウン)という記載が、医歯薬出版社のクリニカル・カリオロジーという本の中にあります。二次カリエス、歯髄炎、脱離によって寿命がくるのですから、歯磨き習慣が身についている人は、二次カリエスや歯髄炎にはなりにくく、もっと長い期間使うことができると思います。

1. 虫歯の治療は永久的なものではありません。
2. 治療後の予後は、口腔清掃習慣に左右されます。


 
左の写真の方、赤く染色されている部分が、歯垢という歯の表面に付いている汚れです。歯垢をきれいに取りのぞくには、十分な時間をかけて歯を磨くことが必要となります。右の写真の方は、歯苔染色しても、赤く染まりません。きれいに歯を磨く習慣が身についているのです。

赤く染まる左のような口腔状態では、今そこにある虫歯を治療しても、すぐに、虫歯ができます。右の写真のように歯をきれいに磨くことが、歯科疾患の発生を予防します。

虫歯ができたら歯科医に行き、治してもらえばいい。治せないのは歯科医の責任で、治せないのはダメな歯科医で、つめたものがすぐに取れてしまうなんて、なんて歯科医だ。他の歯科にいこう。」

考え方を変えられた方がいいと思います。私たちは、歯みがき習慣の大切さを知って頂き、歯磨き習慣を身に着けて頂けるように努力します。


歯髄炎治療と根尖病巣

虫歯が進行すると歯髄炎を発症し、激しい痛みを感じるようになります。歯髄炎の処置としては、歯の神経をとること(抜髄)が行われます。治療の流れとしては、抜髄→根管治療→根管充填→充填
(つめものをする)もしくは歯冠補綴(被せること)を行います。

根管充填処置後に根尖病巣という歯根の先端部に慢性炎症性疾患が高頻度で発症してきます。歯内療法の臨床(永末書店)をみますと、日本では根尖病巣の発症率は73.52%であると報告しています。

根尖病巣は次第に範囲を広げていき、歯の周囲の感染を繰り返し、歯の動揺をきたすようになり、やがて歯を失う原因となります。歯の神経をとるという処置は、やむ終えない場合に限り行うべきものだと思います。


           根尖病巣

歯根の尖端部分を包み込むように黒くなっています。黒くなっているのは骨が炎症のために吸収されてしまったためです。

この根尖病巣は時間とともに大きくなっていきます。場合によっては歯根嚢胞と呼ばれる手術適応の病巣になることもあります。

10代、20代の若い人の抜髄・根充処置の歯ほど、根尖病巣を早期に生じやすい傾向があるように思います。

歯の神経は、できるだけとらない方がいいのです。大きな虫歯にしない、早期に治療する、しっかりと歯を磨くなどの虫歯の予防が大切になります。

歯内療法の臨床から引用

歯周病

歯周病は、慢性の進行性の生活習慣病です。慢性疾患という意味は、1ヶ月かかって治療したから、もう終わりではないということです。糖尿病のように長くつきあっていかないといけない病気です。

進行性疾患という意味は、そのままにしておけば、どんどん悪化していくという意味です。生活習慣とは喫煙のことで、喫煙による生活習慣病であると厚生労働省は定義しています。

左上の写真は重度の歯周病の方です。右上の写真の方は、最初の頃はひどい状態でしたが、今は、随分きれいになっておられることがお分かり頂けると思います。

歯周病の治療は歯科衛生士の技量の差が現れる領域です。読売新聞は平成18年9
月に医療ルネサンスの欄で歯周病を5回に渡り連載しました。歯周病3回目のタイトルは「衛生士の腕 治療左右」。歯科衛生士によって歯周病の治療成績に差があるのです。当院の歯科衛生士は、歯周病に積極的に取り組んでいます。


歯周病や虫歯だけではない口腔の疾患について
これは舌癌です。私が手術を執刀させて頂きました。手術から10年以上になると思います。ある日突然来られました。思えば、他にも何人か、以前、手術させて頂いた方々が来られました。「どんなところで開業しているか、気になってやってきた。」 有難いことです。

開業6年間で7人の方に癌を見つけました。これは日本の開業歯科医としては異例の多さです。山口県中部、北部には口腔外科の臨床経験者が少なく、受診される方が多いようです。

口の中にできる病気は、虫歯と歯周病だけではありません。容赦なく、様々な悪性腫瘍を含めて、結核、痛風、リウマチ、貧血、クインケ浮腫、うつ病の前駆症状、あらゆる病気が容赦なくでてきます。口内炎だけでも300種類の病態があります。


摂食障害と酸蝕症

「DSM-IV精神疾患の分類と診断の手引き」ISBN4-260-11793-9をみると、神経性大食症という分類があります。通常、過食症、大食症、自己誘発型多食症など呼び方はさまざまですが、過食して吐き戻すことを日常的に繰り返している人たちです。

吐き戻す際に、pH1〜2の胃酸が口腔内に逆流し、この胃酸で歯が溶けていきます。特徴的な歯牙の融解をするので、経験のある歯科医師なら、即座に摂食障害を疑います。

性的な虐待をうけた人の約30%に摂食障害が出現するという報告があります。それが原因かどうかはわかりませんが、摂食障害のある人たちは、自分自身がそういう摂食障害をもっていることを隠そうとする傾向があるように思います。そうした傾向を裏付けるように、摂食障害の人たちのホームページをみると「歯医者が摂食障害のことを知っていたとしても、相手は所詮ただの見知らぬ歯医者なのです。」という記載があります。(^o^)

摂食障害の人たちのホームページには詳しく酸蝕症を悪化させないための対応方法が記載されていますが、その中には、歯科医の視点からみると、それは違うなというところもあります。また、重症度の判定も大切です。人によって軽症の方もあれば、重度の方もあります。摂食障害のある方は、歯科受診の際に歯科医に相談されたほうがいいと思います。

救命救急室ERという米国のテレビドラマがありますが、そのエピソードの中に婦長のキャロルが、若い女性の口の中を診て「あなた摂食障害があるわね。」というシーンがあります。見ればすぐにわかるものなのです。

下の2枚は34歳の摂食障害の女性の口腔写真です。

左上は上顎の歯です。インレー(金属)の口蓋側の部分が融解して黄色の象牙質が露出してきています。咬合面に酸蝕症が出現することは稀です。通常は歯頚部の歯周ポケットに接した部分にみられるものです。

右上の写真では金属の周囲に白いアイオノマーセメントを充填しました。CR充填よりもアイオノマー充填の方が摂食障害の方の充填に適しているという報告があるからです。また、重症の方では上顎前歯の口蓋側に酸蝕症がみられてきます。

摂食障害の方には、次々にこうした酸蝕症ができてきます。どこかで克服しなければいけないと思いますが、多くの自助グループができているように、摂食障害の克服は容易ではないようです。


診断の難しい口腔の疼痛

激烈な痛みがあるにもかかわらず、数箇所の歯科医院を受診しても原因がわからず転々とされる方々が稀におられます。そうした痛みの中で最も多いのは三叉神経痛、次に、急性下顎骨骨髄炎、そして稀ですが、上顎洞癌があります。

三叉神経痛

三叉神経痛の方は、年間2〜3名の受診があります。突発性に顔面の激痛が出現し、中には救急車を呼ばれた方もおられます。それほどの激痛なのですが、疼痛発作という表現があるように持続的な痛みではありません。

歯の痛みと思われる方が多く、受診時には疼痛がないことがほとんどですから、歯髄炎を疑いますが、明らかな虫歯がない場合には、どの歯が痛むのだろうかと、よく理解できないことがあります。そのため処置しないでお帰り頂くと、再び、激痛が出現し来院されます。そのあたりから、これは歯科疾患ではないのではという疑問が出てきます。

問診で(1)発作性の激痛、(2)無痛期があること、(3)会話や食事などのきっかけがあること、(4)眼窩下孔、オトガイ孔などの圧痛があること、などが診断基準となります。

ペインクリニック、脳外科へ紹介しています。特効薬はテグレトールという抗痙攣薬です。この薬は副作用が強く、これまで最悪の副作用は間質性肺炎で入院。手足のしびれ、めまいを訴える方もおられます。

歯科医は長い期間、その人と歯科治療を通じて接する機会がありますので、三叉神経痛の予後を知ることができます。ほとんどの方が治癒されています。ただ、おもしろいと思うのは、処方される医師の指示通りにテグレトールを服用されない方、自分の判断で服用を止められる方の方が副作用の出現が少ないことです。

      急性下顎骨骨髄炎

左のレントゲン写真の方は24歳の女性です。激しい痛みに眠ることもできないほどなのですが、4箇所の歯科医院を受診されましたが原因がわからず、抗生剤と鎮痛剤の処方を受けました。

痛みは収まらず、総合病院の内科に入院されましたが、原因不明とされました。

レントゲン写真の大臼歯の下の方に境界が比較的明瞭な骨透過像があります。病変は下顎骨の内部にあったのです。

一番後ろの歯(智歯)と、その病変はつながっています。智歯を抜歯しました。すると、抜歯窩から大量の排膿がありました。痛みは消えました。下顎骨骨髄炎は、腫れたりしないために診断が非常に困難なのです。
         
         上顎洞癌

左の写真の方は25歳の男性です。左上顎の痛みのために歯科医院を2箇所受診されていました。

最初の歯科医院では歯性上顎洞炎と診断され、抗生剤の投与を受けましたが疼痛は軽減しませんでした。

次の歯科医院では、歯髄炎と診断され、2本の歯の神経をとられましたが、痛みは消失されませんでした。


小さなレントゲンでは、歯の神経をとり、すでに根充という処置が終わった所見がみられます。

ここで、私が気になったのは、上顎洞の中の白く写っている所見です。これは軟組織の存在を示唆します。本来、上顎洞内には空気しかないのに・・・


顎全体の写真を撮りますと、右の上顎洞内には白く不透過像を呈しています。左は黒く写っており、明らかに左右差があります。

まず、抗生剤を投与しましたがまったく軽快しませんでした。上顎洞炎であれば、抗生剤に反応して疼痛は軽減するはずです。

経過も長く、直ちに上顎洞癌を疑い、医学部耳鼻科へ紹介しました。診断は上顎洞癌でした。

耳鼻科に入院され治療を受けられ、すでに4年が過ぎていますが、健在です。

顔写真の撮影が目指すものは
初めて受診された方の顔写真と口腔写真を撮り、カルテにすぐに貼り付けています。日本では、まだ、顔写真をとる医療機関は少ないでしょうが、徐々に増えています。なぜ顔写真まで撮影するのか説明します。

毎月250〜300名の方の治療をしています。その日の治療予定表を見たときに、どんな人か思い出せないことがあります。治療計画をたてようと思ってカルテをみても、どんな人だったか思い出せないことがあるのです。

しかし、顔写真を撮影させて頂き、カルテに顔写真添付するようになって、カルテの内容とご本人とを、頭の中で一致させることができるようになりました。写真をみると、お会いした時にどんな会話があったのかさえも思い出せるようになるのです。


歯をみて人をみない医療からの脱却

顔写真は、歯しかみないという医療から、歯だけでなく、顔写真が現わす“その人”のことを考える医療への転換点だと、私は思っています。虫歯も、歯周病も、その他の口腔疾患も、その人の生活習慣や健康上の問題点、もう一歩進めれば、その方の人生と密接な関連があります。

口腔内を拝見して、高血圧症ですか?とお尋ねすることが日常的にあります。若い女性に多いのですが、摂食障害(過食症)の方も歯牙所見からわかります。問診していて、喉頭がんや上顎洞癌の疑いを指摘して耳鼻科医へ紹介し、そうであった方々(お二人とも手術を受けられ、お元気でお過ごしです)。口腔内になんの所見もないのに痛みを訴える方にうつ病があることを指摘して精神科医へ紹介したこともあります。児童虐待を受けている子ども、育児放棄を疑う子どもも、口腔所見からわかります。


先進国なのに歯科疾患保有者が異常に多い国 日本

北欧、米国、英国では、虫歯0の人は、国民の50%を越えていると思います。ところが、日本は虫歯0の人は数%ではないでしょうか。日本は、歯科医師の人口当たりの数は非常に多く、歯科診療所はどんどん増えているのに、下のグラフ(医歯薬出版クリニカル・カリオロジーから引用)が示すように一人当たりの健全歯数は減少し、つまり、虫歯は増えているのです。


私は、ロンドン大学を拠点としてヨーロッパ各地の歯学教育システムの状況を取材してまわりました。その報告書はこのホームページにも掲載しています。収集した資料は、左の本の第2章ヨーロッパ連合(EU)の歯科医療に記載されています。

英国では、School Dentistryといって、小学校内に歯科診療室があります。子どもたちの歯科治療のためではなく、歯を磨く大切さを、義務教育の中で、子どもたちに教えていくのです。

日本は先進国の中では異常に歯科医師が多くなっています。歯科医が増えて歯科疾患が減少するどころか、歯科疾患は増加している。

一方、スエーデンでは、歯科疾患が減少して、歯学部の学生定員を120名から、1/3の40名に減少させました。英国では、2つの歯学部を閉鎖しました。予防歯科教育の成果で、歯科疾患が減少し、歯科医師数の抑制が必要となったのです。

歯の治療だけに専念する診療姿勢から、予防すること、基本的なことですが口腔内を清潔に保つための歯みがきの技術を生活習慣として定着させていくことが、これからの診療姿勢として必要なのではないでしょうか。
    
主要先進国最下位の医療費

平成18年9月13日の読売新聞で、「厚生労働省は8月末、2004年度の“国民医療費”が史上最高の32兆1000億円に達したと発表、新聞各紙は“医療費の膨張傾向”に警鐘を鳴らした。しかし、この年に日本の医療水準、つまり国内総生産(GDP)に対する医療費の割合が、主要先進7カ国中最下位になったことは知られていない。」と記載しています。

そして、さらに、健康保険本人の3割負担化などに言及し、日本は過去5年間の医療改革により、医療費水準は主要先進国の中で最低だが、患者の負担割合は最高という、きわめてゆがんだ医療保障制度を持つ国になり、社会問題化した医療事故の多発、救急医療や産科小児科医療の荒廃の背景に、“世界一”厳しい医療費抑制政策があると結論付けています。

普通に診療しているだけでは、歯科医院経営ができない状況が生まれてきているのは事実だと思います。医療機関の中で歯科医院の診療時間は、夜の7時8時にまで遅くなり、夜間診療、休日診療を行う歯科診療所の背景には、この国の歯科医療費への政策上の問題があると思います


廃業する歯科医院の出現。歯科に限らず、経営難に陥っている医院・病院の出現。特に自治体経営の県立病院、市立病院で赤字が深刻化し、診療科の廃止・削減などが、社会問題になっています。病院勤務の医師が次々に開業している。医院・病院経営を圧迫する政策があることは事実ではないでしょうか。


供給過剰時代の歯科医療

平成15年の歯科医療白書
(日本歯科医師会監修)の中に「供給過剰時代の歯科医療 -市場原理主義に任せてよいか-」という論文があります。昭和56年から平成9年までの16年間で、医師と歯科医師の所得が100対100から100対52.5へと医師の約半分の収入になったと述べています。

その理由として以下の3点を挙げています。

  1. 薬価差益の誤った配分
  2. 新技術導入を軽視した診療報酬体系
  3. 歯科医師過剰時代の到来

この中で特に問題となるのが、1.の薬価差益の問題としています。歯科はほとんど薬を使わないのに薬価差益を財源にもってきたのでは歯科医療費の財源が少なくなるのは自明のことなのです。少なくなった財源をもとに診療報酬体系を作るわけですから、当然のように診療報酬点数が減額してしまいました。この時期を“失われた16年”と表現するようです。


平成12年に「かかりつけ歯科初診料(か初診)」が導入され、この失われた16年、否、いつの間にか“失われた20年”になっていましたが、ようやく挽回をはかることができたのです。この時の増収が42億円。さらに平成14年に、か初診の規制が緩和され、241億円の増収になりました。

この時期の日本歯科医師会の自民党への積極的な政治活動が、平成16年の橋本元総理への日本歯科医師会の贈収賄事件へと発展しているのです。そして、この事件をきっかけに、歯科診療報酬に懲罰的保険改正
(某歯科医師会幹部の保険診療説明会での発言)が行われ、平成18年に、この“か初診”は廃止。歯周病の定期的な管理(PMTC)も廃止されました。歯科医院の医療収入は、ふたたび、減少するシステムになってしまったのです。


医療収入が少なくなった歯科医院の対応策

経営の改善を目的として、多くの歯科医院は、経営努力をしています。

  1. 診療時間の延長
      診療時間を6時半、7時。中には休日診療、夜間診療を行うところもでてきています。
  2. 高額な自費診療の積極的な勧誘
  3. 高額な歯科インプラント治療への取り組み
  4. 職員のリストラによる人件費の削減

この中で、問題と思うのはインプラントです。歯科インプラントは欧米では20年以上前から普及しています。治療方法としては決して珍しいものではありません。問題となるのは、手術室ではなく、何度かの会議室での研修会を受けただけのトレーニング不足の歯科医が危険をともなう手術を行っていることです。


診療科で違う医療費

ちくま新書の「日本の医療が危ない」ISBN4-480-06256-4を読みますと、以下のような記載があります。

  1. 患者一人当たりの診療単価は、
       内科6,937円、皮膚科4,143円、外科3,916円、耳鼻咽喉科3,099円。

  2. 医師一人当たりの患者数は、
       耳鼻咽喉科63.2人、眼科55.1人、外科52.6人、皮膚科50.6人、小児科39.5人、内科31.3人

上記の数値がなにを意味しているかというと、耳鼻科は一人当たりの診療報酬(医療費)が内科の半分であるために、患者数を内科の2倍みないと診療所の経営が難しいということです。


歯の神経をとる治療(根管治療)の費用をについては以下のような記載があります。

英国は92,220円(1ポンド=174円で換算)、フランスは44,000円、ドイツは14,000円、米国108,000円。

一方、日本は、5,839円。

日本の歯科医療費は、欧米先進国に比較すると驚くほど安いのです。

米国に留学している時に、米国人の友人たちが子どもに虫歯ができたら治療費が大変だから一生懸命に歯磨きをさせていると言っていたことを覚えています。虫歯や歯周病は歯をきれいに磨く習慣がついていれば発症しない疾患です。医療費が高いことで、米国では予防歯科が普及したともいえます。


この国の歯科医療は、どういう方向にいけばいいのでしょうか

日本の保険医療制度は破綻するといわれています。自己負担金は、0割から1割、2割、3割へと徐々に増加してきました。しかし、それでも医療が安く受けられていますから、まだまだ有用な制度だと思います。この保険制度の枠組みの中で方向性を見出すべきかと思います。

まず、歯科特有の高額な自費診療を重視すること
には、いくつかの問題があると思います。

  1. 高額な自費診療の歯でも寿命に大差ないこと
  2. 高額な1歯7万円の歯は材質の変色が少ない美しい歯であるということで、歯の寿命とは関連がありません。
  3. 金属床義歯は、保険のプラスチックの義歯よりも、薄くで丈夫なのでいいと思いますが、1義歯が25万円前後します。
  4. インプラントはトレーニングをつんだ経験豊富な歯科医師が行えば優れた治療方法だと思います。
    治療費は1歯が25〜40万円ではないでしょうか。4歯で100万円・・・

高額な歯をいれたから、これで、もう虫歯にはならない。歯周病にならない。という考え方は、まったくの間違いです。数年もしないうちに、高額な歯であっても
破損していくでしょう。

保険診療の歯でいいと思うのです。ただ、大事なことは虫歯0になった時から、どうするかだと思います。歯科医院で治療が終わりましたと言われて1〜2年もしないうちに、また、虫歯ができたり、歯が欠けたり、入れ歯があわなくなったり、壊れたりしていませんか?


歯を削ることから、歯科医院で歯をきれいに磨くことへの転換

歯垢染色剤という歯の表面の汚れ(歯垢)を赤くそめる染色剤があります。これをもちいると、どなたの歯も真っ赤に染色されてしまいます。歯を磨いたつもりでも、磨けていないのです。

虫歯がなくても毎月歯科医院に来られて歯の掃除をされる方々がおられます。保険診療ですと千円もかかりません。2〜3ヶ月毎に来られる方もおられます。虫歯0となった方々が、歯科医院に定期的に歯の掃除に来られることが歯科疾患を予防していく上で大切だと思います。

  歯周疾患指導管理料100点(千円)
  歯科衛生士実地指導80点(800円)。

  上記の2割、もしくは、3割の自己負担金で、歯科疾患を確実に予防することができます。

虫歯0でも、歯科を定期的に受診することの大切さを知って頂くこと。そうした考え方を社会に広めていくことが大事ではないでしょうか。歯を削る歯科医院から、虫歯や歯周病を予防する歯科医院にならなければと思っています。


児童虐待と歯科医師

1. 身体的虐待
    顎骨骨折、歯牙破折、歯牙脱臼、口腔粘膜裂傷など外傷性疾患をきたします。
    繰り返しの受傷や、受傷状況に不自然さがある場合には虐待を疑います。

2. 育児放棄
    多発性のカリエス 極めて不潔な口腔状態となります。

3. DVの場合、妻を殴る男は子どもも殴っているのです。


    最近、相次いで児童虐待と歯科についての書籍が出版されました。

       子ども虐待の臨床 医学的診断と対応   南山堂  ISBN4-525-28201-0
       歯科医師の児童虐待理解のために  口腔保健協会 ISBN4-89605-200-5

人は相手を殴る場合、その人を象徴する顔を殴ります。そのため、歯が折れたり、唇を切ったり、顎の骨を骨折したり、そうして歯科医師を受診されることがあるのです。日常の歯科診療の中で、児童虐待や暴力に接する機会が歯科医師にはあります。